NOTES — ノートの整理術
読書メモは「自分の言葉」で残す — 引用に理解と応用を添える方法
ハイライトや引用だけでは、自分がどう理解したかは残りません。自分の言葉での要約と「自分ならどうするか」を書く読書メモの型を紹介します。
この記事の目次
電子書籍で線を引いた箇所がノートアプリへ自動で流れ込み、読書メモの一覧は何百件にも育っている。ところが先月読み終えた本について「結局どんな話だった?」と聞かれると、出てくるのは帯のコピーのような一言だけ——。線を引いたページの記憶はあるのに中身が言えない、この症状はメモに自分の理解が残っているかを見直すきっかけになります。
ハイライトの一覧をよく見ると、著者の文章はあっても、自分が何を理解したかを示す言葉はひと言も入っていないはずです。整理の仕方やアプリを変えても、理解を確かめる機会が増えるとは限りません。逆に言えば、自分の言葉をひと言でも混ぜた瞬間に、読書メモは性格を変えます。
対策は道具の入れ替えではなく、書く順番と書く言葉を変えることです。引用集めが「わかったつもり」を作る仕組みを学習研究の一次資料で確かめたうえで、読後10分でできる「3行要約+自分なら」という型と、それを無理なく続けるための運用を順に書いていきます。道具は問いません。紙のノートでも、どのノートアプリでも成立します。
引用のコピーは「わかったつもり」を作る
他人の文章に線を引く、書き写す、同期するという作業は、理解を必要としません。目と手が動いていても、頭は素通りできます。試しに、直近でハイライトした10箇所を思い出してみてください。線を引いた事実は覚えていても、中身を説明できるか確かめてください。
線を引いた瞬間の「なるほど」という感覚は本物です。ただしそれは、著者が組み立てた道筋の上を滑った感覚であって、自分の中に理解が組み上がった感覚ではありません。読んでいる最中にスラスラ進むのは著者の文章力のおかげなのに、その滑らかさを自分の理解力だと取り違えてしまう。記憶研究で知られる UCLA の Bjork 研究室は、人はこの「処理の滑らかさ」を学習の手応えとして頼りにし、それが当てにならない場面でも頼り続けると説明しています。同じ研究室は、覚えたい情報をただ繰り返し見ることは本当の学習にはあまり役立たない、とも明記しています(Bjork Learning and Forgetting Lab)。
学習の研究でも方向は一致しています。読み直す・線を引くといった「入れる」復習は手応えのわりに定着が弱く、本を見ずに思い出す・自分の言葉で説明し直すといった「取り出す」学習のほうが記憶に残ることが繰り返し確認されてきました。Dunlosky らが2013年に代表的な学習法を比較したレビューでは、ハイライト・下線と読み直しは「驚くほど有用性が低い」と評価され、思い出す練習(practice testing)と間隔を空けた学習が高い評価を受けています(APS: Improving Students' Learning With Effective Learning Techniques)。Science 誌に載った実験では、いったん覚えた項目を繰り返し見直しても1週間後の記憶には効果がなく、繰り返し思い出した項目だけが大きく伸びました。しかも学生自身の「どれくらい覚えていられるか」の予想は、実際の成績とまったく相関していません(Karpicke と Roediger, 2008)。
読んだ内容を本を閉じて書き出す行為は、この取り出す学習そのものです。つまり読書メモの効果は、何を書き残すかより先に、どう書くか——コピーするのか、思い出して組み立て直すのか——で決まります。
厄介なのは、この差が本人には見えないことです。同じ研究グループの別の実験では、科学の文章を繰り返し読んだ学生、概念マップを作りながら精読した学生、本文を伏せて思い出しながら書き出した学生を比べると、1週間後の成績は思い出した学生が最も高く、概念マップ作りは読む時間を増やしただけの学生と有意な差がありませんでした。ところが学生自身の予想は逆で、繰り返し読むのが一番残り、思い出す練習が一番残らないと答えています(Karpicke と Blunt, 2011)。ハイライトの一覧を眺めて「身についている」と感じる手応えは、この予想と同じ種類のものです。
ここまでの話を、読書メモでよくやる作業に当てはめて整理すると次のようになります。
| やり方 | 本を見るか | 頭の中で起きること | 書いている最中の手応え | 数週間後に残るもの |
|---|---|---|---|---|
| 線を引く・ハイライトする | 見る | 著者の道筋をなぞる | 「なるほど」が続いて気持ちいい | 内容を説明できるかは別途確認が必要 |
| 引用を書き写す・同期する | 見る | 目と手が動くだけで理解は素通りできる | 一覧が育つ達成感 | 文脈を失った一文 |
| 読み直す | 見る | 前回と同じ滑らかさを再体験する | 「知っている」という感覚 | 手応えのわりに弱い |
| 本を閉じて3行に要約する | 見ない | 骨格を思い出して組み立て直す | 詰まる箇所が出て苦しい | 自分の言葉の骨格と、理解の穴の位置 |
| 人に口頭で説明する | 見ない | 曖昧な箇所が許されなくなる | 話せない箇所が露出する | 説明できた分の理解 |
引用集めには、収集の快感という罠もあります。ハイライトが増え、同期され、一覧が育っていくのを見ると、それだけで前に進んでいる感覚が得られます。この達成感が理解の代わりに満足を与えてしまうので、集めれば集めるほど、自分の言葉への変換という本来の仕事から遠ざかります。
引用をあとで使うには、前後の文脈へ戻れる手がかりも役立ちます。その一文が輝いて見えたのは前後の文脈があったからで、切り抜かれた一文だけを数か月後に読んでも、当時の納得は戻ってこない。名言集を読んでも人生が変わらないのと同じ構造です。
ここで一度、読書メモの目的を整理しておきます。「何を読んだか」を残す読書ログと、「何を理解したか」を残す読書メモは別物です。読書ログは書名と日付だけで成立し、振り返りの楽しみとしてそれ自体に価値があります。問題は、ハイライトの蓄積を読書メモのつもりで続けてしまうことです。ハイライト集は、実態としてはログに近い。読んだ痕跡ではあっても、理解の記録ではありません。この記事で扱うのは後者、理解を残すためのメモです。
自分の言葉に変換することは、理解を確かめる方法の一つです。そして重要なのは、うまく言い換えられない箇所こそが「わかっていなかった箇所」だという点です。スラスラ言い換えられても、原文との照合は必要です。詰まったなら、そこが理解の穴です。変換の作業は、記憶の定着と理解の穴の検出を同時にやってくれます。
型: 3行要約と「自分なら」
やることは2つだけです。読み終えた章ごと、あるいは薄い本なら全体で、次の手順で書きます。
- 本を閉じる。これだけで型の半分です。開いたままだと目が本文に戻り、要約のつもりが写経になります
- 3行要約を書く。「この本は要するに何と言っていたか」を自分の言葉で3行にします。著者の用語をそのまま使わず、友人に口頭で説明するときの言葉を選びます
- 詰まったら、詰まった場所を1行メモしてから本文に戻る。該当箇所を確認したら、また本を閉じて続きを書きます。見ながら書き写すのは禁止です
- 「自分なら」を書く。この内容を自分の状況に当てはめると何が変わるかを1〜3行で書きます。「明日から会議メモの取り方を変える」でも「うちのチームには当てはまらない。人数が違いすぎる」でも構いません
- 最後に、引用を写す。それでも原文のまま残したい箇所だけを、数か所に絞って写します
まず10分ほどを目安に、一つの章や主張で試せます。所要時間は本の難しさや目的によって変わるため、長い本を無理に同じ時間へ収める必要はありません。
型の効き目は、手順1の「本を閉じる」に集中しています。先ほどのレビューでは、要約という学習法そのものはハイライトや読み直しと同じ低評価の側に入っていて、同じ資料が勧めているのは、読み直しを「時間を置いてから思い出す練習」に置き換えることです(APS 2013年1月のリリース)。本を見ながら書く要約は評価の低い「要約」で、本を閉じて書く3行は「思い出す練習」です。同じ3行でも、本が開いているか閉じているかで効き目が別物になる、というのがこの型のいちばん大事な前提です。
読んでいる最中は、メモを取らなくていい
この型の副次的な利点は、読書中の作業がほぼゼロになることです。読みながら丁寧にメモを取ると、そのたびに読む流れが切れて、1冊にかかる時間が膨らみます。読書中は、気になった箇所にハイライトか付箋で印を付けるだけにして、先へ進んでください。印は「あとで要約に詰まったとき、どこを確認するか」のしおりとして働きます。ハイライトの役割を、メモ本体からしおりへ格下げする、と言い換えてもいいです。
例外は、1章読むだけで頭がいっぱいになるような難しい本です。この場合は全体を読み切ってからではなく、章ごとに立ち止まって3行を書いてください。難しい本ほど、前の章の理解が曖昧なまま次へ進むと後半が総崩れになります。章ごとの3行は、その崩れを早期に検知する検査でもあります。
3行という制限の意味
3行に収めるには、細部を捨てて主張の骨格だけを残す必要があります。この捨てる判断こそが理解です。10行になる場合は、必要な条件や複数の主張が含まれているかを確認します。長さだけで理解の良し悪しは判断できません。3行は少なすぎるくらいでちょうどよく、どうしても収まらなければ「この本の主張は1つではなく3つあった」という発見なので、主張ごとに3行ずつ書けば済みます。
書き出しに迷ったら、定型文を使うと楽になります。「要するにこの本は〜と言っている」「著者は〜という常識に反対している」「一番の主張は〜で、その根拠は〜」。どれも文の続きを埋めるには内容の骨格を思い出すしかないので、書き出した時点で変換の作業が始まります。
「自分なら」が要約より大事な理由
要約は本の内容ですが、「自分なら」は自分の生活との接続です。読書が行動につながらない人のメモには、この接続部分を補う余地があるかもしれません。書く内容は賛成でなくてよく、「当てはまらない。なぜなら〜」という反論も立派な接続です。反論を言語化できた時点で、その本はもう素通りされていません。
順序が核心: 要約が先、引用があと
引用を残すこと自体は悪くありません。問題は順序です。先に引用を集めると、集めた満足感で「読書は完了した」ことになり、変換に向かう気力が消えます。先に要約と「自分なら」を書けば、引用は「理解した上で、それでも原文の強さを残したい箇所」に自然と絞られます。この順序にすると1冊あたりの引用はおのずと数か所まで減り、減った分だけ、残した引用は本当に読み返す価値のあるものになります。
引用を写すなら、出所も一緒に残す
手順5で引用を残すと決めた箇所には、書名・著者名・ページ番号をその場で添えてください。電子書籍でページが出ない場合は、章名と、ハイライト一覧から辿れる位置の情報を残します。理由は2つあります。1つは、あとで原文に戻るための住所になるからです。3行要約が「本の骨格」への索引だとすれば、ページ付きの引用は「原文の一節」への索引で、片方だけでは戻れません。
もう1つは、その引用をいずれ自分の文章で使うときの備えです。著作権法は、公表された著作物を引用して利用できると定める一方で、その引用が公正な慣行に合致し、目的上正当な範囲内で行われることを条件にしています(第32条)。さらに、引用して複製する場合には、その著作物の出所を合理的と認められる方法で明示しなければならないと定めています(第48条)(著作権法 - e-Gov 法令検索)。読書メモの段階で出所が抜けていると、資料やブログに引く段になって本を探し直すことになります。10秒で書ける書名とページを添えておくだけで、その手戻りは消えます。短い引用や出所の明示だけで、あらゆる公開利用の要件を満たすわけではありません。
具体例で見る
以下は書き方を示す架空の例です。習慣づくりについての実用書を読み終えたとします。3行要約はこうなります。「習慣は意志の強さではなく環境の設計で決まる、というのが全体の主張。やめたい行動は手間を増やし、始めたい行動は手間を減らすのが基本原則。行動した記録そのものが、続ける動機になる」。本を見ずにここまで書けたら、この本の骨格は掴めています。
続けて「自分なら」を書きます。「寝る前にスマホを見るのをやめたいので、充電器を寝室から玄関へ移す。逆に読書は始めたい行動だから、枕元に本を置いておくだけにする」。ここまで書けば、この本は「読んだだけの本」ではなくなっています。翌日に環境を1つ実際に変えたら、その本の元は取れたと言っていい。
もう1つ、ソフトウェア開発に近い例も挙げます。設計の技術書を読んだときの3行要約は「良い設計とは変更が安くつく設計のことだ、というのが一貫した主張。そのために依存の向きを揃え、境界を明示する。手法のカタログより、なぜその手法が変更を安くするのかという理屈のほうが本体」といった形になります。「自分なら」は「いま開発中の同期まわりのコードは境界が曖昧なので、次の改修の前にモジュールの依存を図にしてみる」。技術書は手法の暗記に走りがちですが、この型で読むと「結局この本は何を安くしたいのか」という軸で読めるようになります。
読後10分を、いつ確保するか
型の中身より続けやすさを左右するのが、この10分をいつ取るかです。おすすめは「本を閉じる場所」とセットで決めておくことです。通勤電車で読む人なら降りた駅のホームか到着後の席で、寝る前に読む人なら明かりを消す前に、風呂で読む人なら上がった直後に。「読み終えたら書く」という抽象的なルールより、「この場所で本を閉じたら書く」という具体的なルールのほうが実行されます。書く場所がスマホのノートアプリなら、本を鞄にしまう手と入れ替わりにスマホを出すだけなので、移動時間の読書とは特に相性が良い運用です。

画像を選ぶと拡大できます。
- 引用や気になった箇所は、出典をたどれる形で残します。
- 本を閉じ、自分の言葉で要点を書きます。
- 自分の仕事や生活で、どこに使えるかを一つ考えます。
よくある失敗と対処
型は単純ですが、つまずき方には共通パターンがあります。
- 本を見ながら書いてしまう: いちばん多い失敗です。見ながら書くと写経になり、取り出す学習の効果が消えます。物理的に本を閉じ、電子書籍ならアプリを切り替えてから書き始めてください
- きれいな要約を書こうとして手が止まる: 読書メモは提出物ではありません。間違った要約でも、あとで間違いに気づいた瞬間に理解が深まるので損はありません。乱暴な言葉のままでいいので、まず3行書き切ることを優先します
- 3行に収まらず10行になる: 目次の写しになっている合図です。「著者がいちばん言いたい一文はどれか」「この本は何に反対しているのか」と自問すると骨格が見えてきます
- すべての本にやろうとして読書が億劫になる: 型の適用は「学びたくて読んだ本」だけに絞ります。線引きの仕方は次の節で書きます
- 読了から日が経ってから書こうとする: 記憶が薄れてからの要約は苦行です。読み終えた直後の10分、長い本なら章を閉じた直後に書くのがいちばん楽です。逃した本は、無理に全体を思い出すより、目次を眺めて印象に残っている章だけ拾い直すほうが現実的です
- SNSに引用を投稿して満足する: 引用の共有は読書の楽しみとしてはよいものですが、変換の代わりにはなりません。投稿するなら引用に自分の一言を必ず添えてください。その一言が実質的な「自分なら」になります
- 要約のつもりが再読になってしまう: 詰まって本文に戻ったまま、ずるずる読み直してしまうパターンです。戻るときは「何を確認しに戻るのか」を先に1行書いてから開くと、確認だけして戻ってこられます
- 他人の要約で済ませる: 書評や要約サービスを読んで「内容は把握した」とすることです。情報収集としては有効ですが、他人の3行は他人の理解です。取り出す学習は自分の頭からしか起こらないので、身につけたい本に限っては自分で3行を書く必要があります
- テンプレートを凝りすぎる: 「学び・引用・アクション・評価・関連書籍」のような項目だらけのテンプレートは、埋めること自体が目的化して数週間で止まります。項目は3行要約と「自分なら」の2つで足ります
完璧に読もうとしない
すべての本にこの型を適用する必要はありません。むしろ、適用しない本を先に決めるほうが大事です。
- 娯楽で読む本: 小説やエッセイはただ楽しめば十分です。心が動いた一文を残したくなったら、それは引用のままでいい。娯楽の読書に学習の型を持ち込むと、読書そのものが嫌いになります
- 調べ物の本: 必要な章だけ読んで、該当箇所の要点をメモすれば終わりです。全体の3行要約は要りません
- 学びたくて読んだ本: ここにだけ、読後10分を投資します
読書メモが続かない人の多くは、この線引きをせずに「読んだ本はすべて記録すべきだ」と考えて、義務感に潰されています。記録のない読書があっていい、と決めるだけで、型を使うべき本への10分が軽くなります。冊数を目標にしないことも同じ理由で大事です。月に1冊分でも自分の言葉の読書メモがあれば、ハイライトだけの1年より確実に前進しています。
同じ理由で、読みかけのまま止まっている本に罪悪感を持つ必要もありません。途中でやめた本には、読んだところまでの3行を書いておけば十分です。「前半の主張は〜。ここで読むのをやめた。理由は自分の状況と遠すぎたから」。この1メモがあると、あとで状況が変わったときに「あの本、いま読むと違うかもしれない」と戻ってこられます。挫折の記録は、次に読むときの再開地点になります。
メモの置き場所
読書メモ専用のノートやフォルダを作る必要はありません。専用の置き場所は「そこを開く」という手間を増やし、開かれなくなった専用ノートは死蔵庫になります。普段使っているインボックスやデイリーノートに、書名を1行目に書いて書き殴れば十分で、あとから書名で検索すれば一瞬で戻れます。
このとき書名は、略称ではなく正式名称で書いておくと検索が確実になります。「あの青い表紙の本」とだけ書かれたメモは、3か月後の自分には見つけられません。固有名詞を正確に書くのは検索されるメモの書き方の基本で、読書メモはその効果がいちばんわかりやすく出る場所です。
長い本を章ごとにメモする場合も、毎回同じ書名を1行目に書いておけば、検索結果に章メモが時系列で並びます。フォルダで束ねるより手間がなく、漏れもありません。
すでに読書管理サービスを使っているなら、役割分担をはっきりさせるのが良い落としどころです。読んだ本のログと蔵書の管理はサービスに任せ、3行要約と「自分なら」は普段のノートに書く。ログは一覧性が命、理解のメモは他のメモとの偶然の再会が命なので、置き場所が分かれていてもそれぞれの目的には適っています。逆に、読書メモ専用のアプリを新たに増やす必要はありません。置き場所が増えるほど書く場所に迷い、見返す場所も分散します。
書く道具そのものは、手書きでもタイピングでも構いません。判断基準は1つで、「本を閉じた直後に、その場で書き始められるか」です。凝ったテンプレートを開かないと書けない環境や、机に戻らないと書けない環境は、それだけで読後10分の実行率を下げます。ポケットから出して3秒で書き始められる道具が、この型では正解です。
媒体ごとの運用の違い
型は同じでも、読む媒体によって「読書中に付ける印」と「要約に詰まったときの戻り方」が変わります。
| 媒体 | 読書中に付ける印 | 要約で詰まったときの戻り方 | この型との相性 |
|---|---|---|---|
| 紙の本(自分のもの) | 余白への書き込み・線・付箋 | 書き込みと付箋を目印に該当ページへ | 書き込みは思考の跡として優秀だが、要約の代わりにはならない |
| 紙の本(借りた本・図書館の本) | 気になったページ番号をメモ | ページ番号のメモから該当ページへ | 返却期限が「読後すぐ書く」を強制してくれる |
| 電子書籍 | ハイライト | ハイライト一覧から該当箇所へ飛ぶ | 同期された一覧を読書メモと呼ばないことだけ守れば便利 |
| オーディオブック | アプリのブックマークや時刻のメモ | 章名や再生位置を手がかりに戻る | 操作できる安全な場所で、聞いた内容の説明を残す |
紙の本に直接書き込むのは、読書中の思考を止めずに残せる優れた方法です。ただしそれは思考の途中経過であって、読後の3行要約の代替にはなりません。書き込みが一番役に立つのは、要約に詰まって本文へ戻るときの目印としてです。売る予定や貸す予定のある本なら、付箋で同じことができます。
電子書籍のハイライト機能も、使うのをやめる必要はありません。問題はハイライトそのものではなく、ハイライトの一覧を読書メモと見なすことです。読書中は流れを止めない印付けの道具として使い、読後の要約時にしおりとして参照する。この位置づけなら、ハイライトは型の味方になります。
応用・発展
3行要約は「再読の索引」になる
3行要約の副産物として、過去の自分のための索引ができます。数か月後に「あの本、何て言っていたか」となったとき、本を開き直す前に自分の3行を読めば、たいていそれで足ります。足りなければ、どこを読み直すべきかの当たりが付きます。引用の羅列にこの復元力はありません。自分の言葉で書いた3行は、読んだ当時の理解ごと呼び戻してくれます。
この索引が効くのは、何かを作る直前です。資料を書く前、企画を出す前、設計を決める前に、関係しそうな書名やキーワードで自分のノートを検索してみてください。1年も続けていれば、過去の自分が要約してくれた本が何冊か引っかかります。読み返すのは1冊あたり3行と「自分なら」だけなので、数分で済みます。本棚の前で「どれに書いてあったか」と悩む時間が、検索1回に置き換わります。
人に話す・書いて公開する
3行要約の次の段階として、読んだ内容を人に話す、あるいはブログに書くという方法があります。読者を想定すると自分の中の曖昧さが許されなくなり、理解の穴がさらに露出します。書くことで考えが進む構造は書くことは考えることに書いたとおりで、読書メモはその入り口として最適です。公開が大げさなら、同僚や家族に「最近読んだ本なんだけど」と1分話すだけでも効きます。うまく話せなかった箇所が、次に読み返すべき箇所です。
「自分なら」はアイデアの種になる
本の主張と自分の状況がぶつかったときに出てくる「自分なら」の一文は、しばしば読書の枠を超えたアイデアの種になります。数か月後に別の文脈で読み返すと、企画や改善のヒントとして化けることがあります。種を腐らせないための見返しの仕組みはアイデアメモの記事に書きました。読書メモを日々のノートに混ぜて置く理由の1つは、この偶然の再会を起こしやすくするためでもあります。
読書会・輪読で使う
複数人で同じ本を読む場では、この型がそのまま進行の道具になります。各自が本を見ずに書いた3行要約を持ち寄ると、同じ本なのに全員の3行が違うことがまず面白く、違いの理由を話すだけで議論が立ち上がります。引用の持ち寄りだと「いい文章でしたね」で止まりがちですが、要約の持ち寄りは各自の理解のずれが露出するので、そのずれを埋める過程が全員の復習になります。「自分なら」まで共有すれば、同じ本が職種や立場によってまったく違う道具になることも見えます。
時間を置いて、もう一度3行を書く
自分にとって大事な本だとわかったら、数か月後にもう一度、過去の要約を見ずに3行を書いてみてください。前回と同じ3行が出てくることはまずありません。残った部分がその本の本当の芯で、消えた部分は当時の自分にだけ刺さっていた部分です。2つの3行を並べて読むと、本の理解と一緒に自分の変化も見えます。再読するかどうかの判断も、この2回目の3行を書いてからのほうが正確になります。先に挙げたレビューが高く評価していた「間隔を空けた学習」に近いことを、読書メモの側から行う方法でもあります。
試験や資格の読書は別の型で
同じ「読んで書く」でも、試験のように網羅性が問われる読書は目的が違います。3行要約は骨格を掴む道具で、取りこぼしを防ぐ道具ではありません。試験勉強では問題を解き直す仕組みのほうが重要で、そちらは勉強ノートの記事に書きました。実用書の読書に勉強の型を持ち込むと重すぎ、逆は粗すぎます。目的で型を使い分けてください。
よくある質問
読んでから時間が経った本はどうすればいいですか
今からでも、本を開かずに覚えている範囲で3行書いてみてください。書けた3行が、その本から実際に残ったものです。ほとんど思い出せないなら、その本は今の自分には残らなかったということで、それも情報です。悔しければ再読すればよく、再読したいと思える本だとわかったこと自体に価値があります。過去の蔵書すべてに遡って要約を書く必要はありません。
3行でまとまらないほど濃い本はどうしますか
章ごとに3行ずつ書いてください。それでも収まらない章は主張が複数入っているので、主張単位で分けます。最後に全体を貫く1行を足すと、章ごとの3行が1冊のまとまりになります。まとまらないという感覚自体が、その本の密度と自分の理解の現在地を教えてくれる計器です。
次の一歩
読書メモには、書くときに理解を確かめる役割と、あとで原文や考えへ戻る役割があります。だから、見返しの仕組みやテンプレートに凝る前に、自分の言葉で書くことに時間を使うのが正解です。
今日やることは1つ。最近読み終えた本か、いま読みかけの本を1冊選んで、本を閉じて、3行要約と「自分なら」を書いてみてください。最初は10分ほどを試す目安にします。書く場所は普段のノートで構いません。1行目に書名を正式名称で書くこと、引用を写すならページ番号を添えることだけ忘れずに。書けた内容は原文と照合し、詰まった箇所は読み直す候補にします。どちらに転んでも、ハイライトを100件同期するより多くのものが手元に残ります。
著者の主張・自分の解釈・試す案を分ける
分かりやすく要約しようとすると、原文にはなかった理由を補ったり、条件を落としたりすることがあります。自分の言葉で書いた後は、少なくとも主張と条件を原文に戻って確認してください。流暢に説明できることと、著者の意図を正確に伝えられることは同じではありません。
架空の読書メモで考えます。本に「少人数の打ち合わせでは、議題を先に共有する方法が紹介されていた」と書かれていたなら、メモを次のように分けられます。
| 欄 | 記入例 | 確認すること |
|---|---|---|
| 著者の主張 | 少人数の会議で議題を事前共有する例 | 対象や条件を省いていないか |
| 自分の解釈 | 当日の説明を減らす狙いだと読んだ | 著者の説明か、自分の推測か |
| 試す案 | 次の定例で確認したい問いを先に送る | 自分の会議に合うか |
| 残る疑問 | 緊急の会議でも同じ方法が使えるか | 本文に答えがあるか |
試す案が本に直接書かれていなくても問題ありません。ただし、自分の応用だと分かるようにします。逆に著者の結論を紹介する場面では、自分の都合で広げた解釈を混ぜないことが大切です。疑問を残したメモも、次に読む場所が分かる有用な記録です。
過去のメモと意見が変わったら追記する
以前は賛成した内容に、今は違和感を持つこともあります。過去のメモを誤りとして丸ごと消す前に、変わったのが本文の理解なのか、自分の状況なのか、新しく知った事実なのかを分けてください。最初の読書時点では分からなかった条件が、後から見える場合があります。
たとえば「定例の資料は短いほどよい」と要約していたが、原文は「事前に詳細資料を配ったうえで、会議中の資料を短くする」と述べていたなら、落とした条件を訂正します。短い資料で実際に困った経験があっても、それだけで原文全体への反証にはなりません。どの条件が違ったかを残すと、次の読書で同じ取り違えを確認できます。
追記は「再読時の訂正」「状況が変わったための判断変更」のような短い見出しで十分です。メモを完成品として固定せず、出所へ戻って更新できる記録にしておきましょう。
参考リンク
- Improving Students' Learning With Effective Learning Techniques(APS) — ハイライトと読み直しが低評価、思い出す練習が高評価だったレビューの要旨
- Which Study Strategies Make the Grade?(APS 2013年1月リリース) — 要約も低評価に入ることと、読み直しを思い出す練習に置き換える勧め
- Bjork Learning and Forgetting Lab(UCLA) — 処理の滑らかさを手応えと取り違える錯覚と、繰り返し見るだけでは学べないこと
- Karpicke と Roediger(2008)The Critical Importance of Retrieval for Learning — 覚えた後の見直しは効かず、思い出す練習だけが1週間後の記憶を伸ばしたこと
- Karpicke と Blunt(2011)Retrieval Practice Produces More Learning than Elaborative Studying — 思い出して書き出す学習が最も残り、学生の予想は逆だったこと
- 著作権法(e-Gov 法令検索) — 引用の要件(第32条)と出所の明示義務(第48条)の条文